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読書記録 1月第3週

さまよえる湖       ヘディン
さよならドビュッシー   中山七里
ビブリア古書堂の事件手帖 三上延
久生十蘭短篇選      久生十蘭
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読書記録 五月第三週

夏目漱石 彼岸過迄

 どうして今になって漱石なのかと、自分の事ながら改めて考えてみると不思議だ。
 さすがに誰もが知っている文豪だから、読む機会はいくらでもあった。高校の頃にも読んだ。訳があって修善寺の温泉旅館で働いていたときも、漱石の馴染みの地だからということで、修善寺大患のエピソードが載っている思い出すことなどや、書簡集も読んでいた。
 しかし今ほど読者として作家に向ける親しい気持ちは無かった。
 もし今のこの心境を高校のころに持っていけたなら、文系の学科を受験して、近代文学の論文を二つ三つ書いて、研究のほうに進んでいたかもしれないなどと、つまらないことを考えてしまう。

 先日書いた夏目漱石、小説のかたちは自分が書いた感想文のなかでは出来がいいほうだが、随筆としての文章の勢いも構成も、批評として着眼点や考察の緻密さも、全然なっていない。批評を書くつもりはないから随筆として文章に力があればいいのだが、そのためにはどうすればいいか。とりあえず、彼岸過迄を読み返しながら、どういう切り口でいくか考えておこう。
 彼岸過迄は好きだ。この小説にはなぜだか妙に惹かれる。

読書記録 五月第一週

 遠藤周作 私が愛した小説 
 ジッド 狭き門
 とある魔術の禁書目録(2)
 島崎藤村 千曲川のスケッチ
 島崎藤村 夜明け前(上)
 夏目漱石 行人

 ライトのベルはときどき読んでいますが、年がいくにつれて興味が離れていきますね。私が真似できそうなところも見つかりません。
 今読んでいるのは島崎藤村と夏目漱石です。すぐにロシア文学にのめりこんでしまったので、読んでいない日本の名作が沢山あります。ロシアから帰国後、改めて日本の小説を読み始めて、遠藤周作、宮沢賢治、川端康成、太宰治、志賀直哉、と辿って、ようやく日本近代文学の川の源泉付近までやってきました。
 今は夜明け前の下巻に取り組んでいます。
 夏目漱石についてはもう少し準備したら、一冊感想を書いてみたいです。

三月 読書記録

 暇をみつけて、SAIのツールを使って絵の練習なんかしています。
 紙芝居形式の動画を作ろうかと思いまして。
 ノベルの続きも、話が予想より膨らんでしまいそうですが、順調に進んでいます。

 それにしても読書記録くらいつければよかったですね。
 二月の終わりからここまでで・・・

 五木寛之 生きるヒント1
 小川未明 幽霊船(短編集)
 志賀直哉 志賀直哉随筆集(岩波文庫)
 遠藤周作 深い河
 地図を燃やす 沢木耕太郎
 田楽交響曲 ジッド
 イエス・キリストを語る 由木康

 最後の本はヨハネの福音書の精読のための本で、読むのにかなりの時間がかかりました。
 読んだ本の題名をメモするだけではあまり意味がないので感想も書いておきたいところですが、今日はここまでで終わります。

読書記録 第三週

 トルストイ 光あるうちに光の中を進め
 太宰治 ろまん燈籠

 トルストイのこの本は、新潮社文庫の薄いものが、大抵の古本屋で見かけるので、そのたびに読んでみたいと思っていました。戦争と平和もまだ読んでいませんが、これほどの長編となるとそれなりに気構えがなければ読み通すのは厳しいです。とくに今私は精神的に張りが無くて、ついこういう読みやすそうな本を手にとってしまいます。いずれ気力が充実するサイクルが巡ってくるはずなので、今は腐らないように、出来る範囲で、自分の糧になることに取り組んでいくほうがいいでしょうね。

 と、分かってはいるのですが、私もあまりストイックではなくて、わりと怠けてしまいがちです。

 さて、トルストイの作家としての非凡は、物事を見通す眼の力にあったと、作家や批評家は語っています。
 優れた作家には、その作家にしかない洞察の仕方が必ずあります。トルストイの洞察は、まるで、物事の底の底まで、周り道をせず真っ直ぐに見通してしまう、そういう仕方でした。
 この光あるうちに光の中を進め、という本では、人間いかに生くべきか、というロシア文学らしいテーゼから、そのトルストイの洞察によって明るい答えに辿り着いています。

 太宰治のろまん燈籠、これは戦時中に太宰が書いていた短編をまとめたものです。
 時代柄、戦争に真っ向から反対したり、悲観するようなことは書かれていません。
 お世辞にも真面目には見えないおしゃべりのようなエッセィと、とても明るく軽い読後感をもたらす短編が多かった。読みやすい、とっつきやすい作品でまとまっています。
 太宰治は、こういう軽い読みものもいいですね。松岡正剛が乙一のことを、三島由紀夫にも太宰治にもなる力があると評していましたが、逆にもし太宰治が今生きていたら、乙一のようにライトのベルを書いていたかもしれないな、と考えました。

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