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覚書1

 ふと、思い浮かんだことを忘れないようにメモするための記事です。自分のノートに書くより、ブログに書きたい気分だったので。

 創作について考えるとき、私は、自分が自尊心でものを書いているのではないか、という気がして、血が冷たくなるように感じることがある。
 童話で、美しい描写を思いついて、それがイメージ通りかそれ以上に書けているときも、ふと、こういう描写を書くことで、私は、芸術に携わっているつもりになって、自尊心を満たそうとしている。そう思うと急に覚めてしまい、書いたもの全てがつまらないものに見えてくる。
 全てつまらないものなら、自分が今まで書いて、それで達成できたと思っていたのは、一体何だったのだろう。 私には創作に取り組む理由がある。それは、私にしか知らない、私にしか分からない理由である。しかし、自尊心を満たすためにものを書いている自分に直視できないから、その理由にすがりついているだけのことかもしれない。
 苦しい。

 書くということは、私にとって、心に球根を植えて、それが芽を生やして花を咲かせるまで待つ作業である。
 花を咲かせない球根もある。
 そこから咲くかもしれない、グロテスクな花を私は見たくない。
 それはかすかに芽を生やしたまま、根を私の心のなかで伸ばしていく。
 心は蝕まれていく。
 私は、それが完全な開花を遂げたところをイメージする。
 そして、それを思い切り心から引き抜いてみる。
 根は、心の隅々にまで侵食している。
 それが無理に引き抜かれたために心は夥しい血を流す。
 しかし私は是非そうしたいと思う。
 その花を引きちぎって、夥しい心の血にまみれながら、立っていたい。
 もしそれがかなうなら、私は書かなくともかまわない。


 童話ばかり書いていたので忘れてましたが、昔はよく、こんなひどいことを書いてましたね。
 職業作家でもないのに大げさですが……まあ。
 まったくいやな話ですね
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投稿しました



 投稿しました。原稿にして六枚、動画時間にして10分程度の短いノベルです。
 昨日投稿するつもりだったのですが、エンコードが大変だということをすっかり忘れていました。
 つんでれんこなど、ニコニコで定番になっているエンコーダを色々と試してみたのですが、結局wmv形式のまま直接放り込みました。画質はあまりよくないですが、文字もつぶれてないし、まあ、いいかな。

 もし感想があれば、ニコニコのほうにコメントしてくださると嬉しいです。
 上の動画を再生中にクリックすれば飛びます。

 さ、続編の背景を作ろう。

類型(仮題)

※福山方式類型について
 2007年、人間の先天的性質が12種に大別されるという仮説がジュネーブだかどこだかで発表されている。
 当時そのすじの報道関係者全員に鼻で笑われた怪しげな仮説だが、翌年になって脳科学的に正しいことが立証される事態となった。
 イグノーベル賞行きを確実のものと考えていたかれらは、慌ててそれを『世界を変える大発見』として大々的に取り上げた。
 つまり、お茶の間にいる僕らの知るところとなったのである。
 その仮説であり、論文の責任者が福山教授(助教授だったかな?)という人で、当然のように、この年ノーベル賞を獲得した。
 卑近な話では、これによって、血液型は話題にならなくなり、類型という言葉がそこに取って代わった。
 たしかに、その発見によって世界は変わったのである。




「ええと、女は、福山方式類型に拠り、以下の決まりに基づいて定期的に染髪を行うべし。
 A型は金。B型は赤。C型は茶。D型は緑。云々」

 佳代子が、フライデーかなにか、ともかく信憑性のない薄っぺらい雑誌の記事を読み上げているとき、僕は線形代数学Ⅰのレポートを書いていた。
 というより、そのレポートを書くためにパソコンの前に座っていた。
 佳代子がのべつ話しかけてくるので、レポートを打つ作業は遅々として進まなかった。
「必ず該当色を用いて染髪を行うべし。該当しない色を用いて染色を行ったものは罰則の対象となる」
「ふーん」
「私はC型だから、茶だね」
「あそう」
「わたし、地毛が茶っぽいけど、これ染めなきゃいけないのかな?」
「べつにいんじゃない?」
 佳代子は、僕の反応を確認すると、開いていたページに目を落として、そのまま黙ってしまった。朗読するのに気を取られて、ちゃんと読んでいなかったらしい。
 なら、最初から黙って読めばいいのに。
 佳代子がいま読んでいる記事は、ある憲法改正案について書いていた。
 で、驚くべきことに、これは根も葉もないゴシップではなかった。
 女性が髪を染めなければいけない、しかもその色までが憲法で定められてしまうという、この前代未聞の法案は、今週末実際に国会で検討されるそうだ。
 ネット上でも至るところで似たような記事が出回っているし、2ちゃんねるでこの法案についてのスレッドがいくつも立てられてお祭り騒ぎになっている。
 別にソースを確認したわけじゃないけれど、さすがにこれだけ騒いでて完全なガセってことはないだろう。
 佳代子は、遅れてるきみに教えてあげますよ、的な態度でこの記事を読んでいたけれど、今更こんな記事で驚く佳代子のほうが遅れてる。
 こういうことに乗り遅れない僕は、当然、2ちゃんねるの祭りに参加している。
 つい昨日も、『俺の嫁が白髪になるらしい』というスレッドに燃料投下してきたし、関連のスレッドで法案を擁護する書き込みを見つけたら、太子乙、と書き込むのを忘れない。
 ちなみに、法案を発案し、そして提出することになっているのが山田祐樹という議員なのだけど、ねらーは聖徳太子になぞらえて、太子と呼んでいる。
 法案が通れば女性の髪の色はパステルのクレヨンセットと同じく12色になるわけで、なぜ聖徳太子なのかは……分かるな?
「わっかんないなぁ」
 と、佳代子がつぶやく。
「こんな法案、通るわけないじゃない」
「まあ、ねぇ」
「そもそもさ、なんで女だけ染めなきゃいけないの?それって、男尊女卑じゃない?」
 古い言葉を知ってるな、と思いつつ僕は言った。
「なんで女だけってのには、色々説があるけど」
「知ってたの?知ってたのに黙って聞いてたんだね、いやらしいやつ」
「朗読の邪魔しちゃいけないって思ったんだよ。それはともかく、太子……この法案をつくった山田って議員がアニオタだって説が一番有力なんだ」
「アニオタだから、何よ?」
 この佳代子もアニメ好き、いやかなりアニオタ寄りである。
「アニメの女の子は髪がカラフルで、その髪の色で個性が違うでしょ。だから、類型と髪の色を合わせようとしてるんじゃないかって話」
「その意見はちょっと聞き捨てならないけど。でも、その話がどこで有力かって、2ちゃんでしょ?」
 図星を突かれたが、
「2ちゃんディスってるんですか?」
 と迷わず返した。父も母もねらーの、純血ねらーである僕に隙はなかった。
「ディスってるわよ。それ、面白いってだけでしょ。じゃあその山田が、国会答弁でアニメのキャラクターについて熱く語るってわけ?ありえないでしょ、JK」
 ほんとにそうなったら、またお祭りになるだろうなあ。
「でも、どう考えたって通るわけないんだから、楽しんだもの勝ちじゃないか?」
「まあ……」
 しばしの沈黙。
「てことは、真面目に考えるやつは馬鹿をみるってことか」
 と、佳代子は自分に言い聞かすように言った。
「そう。マジレスかこわるい」
「じゃあ、この話はこれで終わりね」
 なんだか後味は悪いが、これで終わりになったらしい。
 佳代子は、そういうことをネタにして騒ぐような女の子ではない。僕だってネットじゃなければ騒がない。2ちゃんの話をすると大抵佳代子がつまらなそうな態度を取るから、なるべく気をつけるようにはしている。まあ、当たり前ではあるけれど。
 それにしても、太子が本当に、純粋にアニメが好きで法案をつくったとしたら、漫画のノベライズのような感じで、アニメのリアライズを企てている、ということか……。 
 街中コスプレイヤーみたいな女の子でいっぱいという妄想をしているのだろうか。
 よく考えたら、お祭りどころじゃないくらいやばい話かもしれない。そんなのが投票で選ばれているだなんて。
 でも、法案が通ったとして、原宿の雑踏がマーブルチョコみたくなるのは、ちょっと見ものかもしれない。
 までも、ないよなぁ。

 佳代子が話しだす様子がないから、いよいよレポートに取り掛かろうとすると、
「そもそも、血液型が変わってから、おかしくなったんだよね」
 と、佳代子はきりだした。
「なんていうのかな。血液型は4種類だったじゃない?でも類型は12種で、あまり細かすぎるというか……」
「んー……」
「類型ができてからさ、血液型があったころは、おおらかだったなぁって、思うんだよね。何と言っていいか、分からないけど」
「いや、なんとなく分かるよ」
「私だって、O型で、O型は怒りっぽくて、でも責任感があって協調性もある、つまりチームのまとめ役でしょ?そんなこと気にしたこともなかったんだけど、C型になって、やっぱりまとめ役なんだけど、なんというかな……周りの反応もちがうし、面倒なこと頼まれることが多くなったし……ああ、もう」
 佳代子は額を掌の底でごしごしこすった。なにか、思い出していらいらしてるみたいだ。
 うーん、と僕も唸ってしまう。
 血液型と類型には科学的には関連がない。しかし僕らの心情としては、類型は血液型にとってかわったものだった。
 類型というのは、たとえば佳代子がよく読んでる雑誌の12星座占いみたいに、魚座はロマンティスト、天秤座は冷静沈着鉄面皮、魚座と天秤座の相性は最悪です(つまり私とおまえの相性のことなんだけどね。ちなみにラッキーカラーは昨日おまえが踏んだ犬の糞の色でーすby佳代子)……………………なんてふうに、誰にでも分かるようなものではそもそもなかった(それにしてもひどい女だ)。
 僕も詳しくは分からないが、パラメータが数百種類もあって、その全パラメータの組み合わせによって人の先天的性質が決まるという。
 その数百種類のパラメータの組み合わせが、大まかにいえば12通りになるらしい。
 そのパラメータにしても、優しさとか、真面目とか、おこりっぽいとか、性格をあらわすものを数値化したのではなく、脳内で分泌されるアドレナリンの放出パターンだの、染色体うぬうぬ
 で、そんなものの見方なんて全く分からなかったのだけど、テレビの番組が、その類型12種の性格分けをこぞってやるようになった。
 ネットでも勿論はやったし、福山教授が講談社で出版した12種の性質を分かりやすく説明した本が空前の大ベストセラーにもなった。
 そのお陰で、すこしずつ類型とはこういうものだと僕らにも分かるようになった。
 慣れてしまえば、星座や血液型と同じようなものだった。
 あああの子、I型だから仕方ないねとか、C型はがさつで困るよとか、そういう言い方をするようになったのである。
 それじゃ、血液型とほとんど代わらないと思うかもしれないけど、血液型と類型が大きく違うのは、科学で証明されているということだった。
 血液型によって人が抱えるのは、ちょっとしたことで変わる思い込みである。あの人A型だから几帳面なんだろうな、O型だから怒りっぽいだろうな、多分、というかんじで。
 でも類型によって人が抱えるのは、事実に近い先入観である。類型だけで人格を判断され、その先入観を変えるのはとても難しい。なぜなら、科学で証明されているから。しかも僕らは、類型が血液型よりはるかにあてになることの実感を日々積み重ねている。
 血液型と比べると、類型はずっと硬い枠で人を捉えているのである。
「ねぇ」
 佳代子はいう。
「わたしさあ、このままずっとC型の女なのかな?」
「えっと、なに?」
「このままずっとC型って言われ続けなきゃなんないのかな。だって、ああ確かにこういうとこ、C型なんだなって、自分でも思うことがたくさんあるんだよ。他人からみれば尚更よ」
「そだね」
 僕は頷いておく。
「なんか腹立つし、やり甲斐がないよ。だって、なにやっても、そういうとこC型っぽいよねって言われるんだよ。菩薩の手のひらで踊る孫悟空みたいな感じだよ。」
 がさつでリーダー的存在、というC型の特徴に佳代子はぴったりはまってる。
 けれど、僕は交友関係が多いわけじゃないが、こんなC型は他にいないと思う。こんな、あっけらかんで口汚いC型は。
 たしかに類型はかなり正確に人を表しているけれど、だからといって人が12種しかいないわけじゃない。
「でも、ずっと続くわけじゃない。そのうちみんな飽きて、類型のことなんて言わなくなるよ」
「続くよお」
 佳代子は嘆いた。
「ああ、私はずっとずっとC型の女なんだよ。C型の女でしかないんだよ。だったら、生きる意味なんてないじゃないかあ」
 と、佳代子は世を儚んで言った。
 そういえば、佳代子はO型って言われるの嫌いだったな。
 AB型らしいといわれて喜んだことがあったっけ。
 ようは、奇抜なことをして人を驚かせるのが好き、そんな自分も好きなのだ。
 だからAB型らしいと言われたとき、そういう特徴を人に認められたのが嬉しかったのだろう。
 生きる意味そこなの?と突っ込みたくなるところではあるが。





 ネットスラングを使ってみたかったので、つくりました。
 半分息抜きのつもりで書いていたんですが、こういうのも面白いですね。
 たぶん、続きは書きません。

ノベルの背景

湖 ゆめ

 のっけから見苦しいものを見せてすみません。ノベルの背景のために、先程までつくっていた絵です。
 絵は文字とフィルターに隠れてしまうので、こんな絵でも一応背景として使えます。
 元々ネットで適した画像を探して使っていたのですが、それだと合うものがなかなか見つかりませんでした。
 たとえば、深夜に部屋で話し合うシーンであっても、ちょうど調度品の配置や雰囲気がうまく合っている写真がみつかっても窓の外は明るかったり、白い彼岸花が群生している絵か写真を背景にしようとおもっても、たとえば一輪の絵や、数本を撮っているものは背景には使えない。群生している写真が見つかっても、他の花がたくさん雰囲気をこわしている、なんてことがありました。
 私のノベルが特殊なところを舞台にしている、ということもあるのですが、二、三枚の背景を探すのに一日がかりで、しかも条件にぴったり合わないものを妥協して使わなければいけない。
 なら、自分で書いたほうがまだ早いな、と思って描きはじめました。
 もちろん上手いにこしたことはないですが、ともかく舞台条件さえ満たしていればいいのです。

 ちなみに、上の絵の舞台条件は、
・ 青い薔薇の茂みに囲まれたちいさな湖
・ さとり(妖怪のいち種族)のお母さん、とその子ども

 の二つです。
 絵、うまくなりたいですね。私はノベルの背景でしか書かないから、あえて枚数増やして練習してみようかと思います。

近況

 読書記録も兼ねて近況です。

ピート・ハミル ニューヨーク・スケッチブック
フィッツジェラルド マイ・ロスト・シティー
五木寛之 人間の覚悟
鎌池和也 とある魔術の禁書目録

 下の二つは今日読んだものです。いや、読書記録なんてつけだしたのに全然読んでないですね。創作も始めたのでそれに専念したい気持ちもあるのですが、創作をはじめると必ず、力不足を感じるんですよね。そうなると読書の欲求がまた強くなるのですが……。創作と読書を両立するのはとても難しいですね。

 ノベルの続き物にかかりましたが、書いているだけでリラックスできます。そういうときはいいものが書けているという兆候でもあるのですが、どうなんでしょうね。
 これを書いていたのは一年半も前のことですが、私としては珍しいくらい長く、ひとつの作品に取り組んでいた
時期でした。
 当時の自分が放り投げた部分から書き始めて、そのときのことを思い出しました。
 元々想定していた終わり方には至らないでしょうが、今度は完結できそうな気がします。

書き終わりました、と

 ここまで書いてきた、子猫の話(改題)をある創作サイトに投稿しました。
 実話を書くことを今までしていませんでしたが、これはこれで大変でした。おかげでいくつか、新しい視点を発見できました。そのせいで余計に校正に手間がかかりましたが、まあ、新しい試みなので仕方ないですね。

 ようやくこれで続き物に取り掛かることが出来ます。

ちいさな野良猫の話(4)

 母が何度追い払っても、子猫は縁の下から離れなかった。それで私に、子猫を追い払うようにいった。
 業を煮やして、というよりも、私が追い払わなければ子猫はいつまでも離れないと考えたからであった。もちろん、そんなことはしたくなかった。しかし、母にかなり強く言われたせいもあるが、私は、子猫を追い払おうと決めた。

 本当なら、この心境の変化を事細かに書いたほうがいいだろう。
 しかし十五年も前のことで、私の中だけの出来事であったから、これまで書いたこと以上に曖昧になっている。
 だから説明しようとするとどうしても邪推をまじえて書くしかない。
 その分、当時の実感から遠くなることは、先に断っておく。

 これは一つの情景である。
 カラスが、道端でなにかをつついている。雀もそばにいるが、カラスのせいでありつけないでいる。男の子がそれをみている。
 男の子は、私自身かもしれない。あるいは小説の登場人物だったかもしれない。
 私は小さいころ、動物ものの小説を好んで読んでいた。
 何となく、小説でもみて、実際に体験もしたという気がする。
 男の子が、カラスを追い立てると、カラスは遠くへ逃げていく。カラスが消えると、雀がついばみはじめる。男の子は満足してそれを眺めている。

 その一連の出来事が、ずっと頭から離れなかった。
しかし大事なのはあとのことで、それをみていた女性が、男の子を、こらダメでしょうといってたしなめる。
 男の子にはダメでしょうの理由がわからない。その女性は男の子にとって一種のあこがれであったから、その理由はなにか大事なことのような気がした。女性とわかれても、男の子は理由が分からないことで悩み続けている。

 あるきっかけで、――――それは母親にそのときのことを話したか、女性自身から聞いたのだったが――――男の子は、自分はあのときカラスが食べるはずのものを奪ったに過ぎないと、そう考えるようになった。
 雀に餌をやるのは、雀への好意の表れであった。
 そのためにカラスを追い払うのは、同じように雀への好意もあったが、醜いカラスへの悪意がそれに隠れていた。
 男の子は自分でそのことに思い当たった。あるいは、女性に指摘された。男の子は、体中の血が冷たくなったように感じた。
 そのとき私も、男の子と同じかそれ以上に、悪意が隠れていたことに衝撃を受けていたのである。
 他の事では私は、人並み以上に鷹揚になれたが、この種の偽善はどうしても許せなかった。
 それも、人のことならまだいいとしても、自分自身がその偽善を働いたと、想像するだけでも胸が苦しくなった。
 何気なくしたことが、結果的に誰かの損に繋がったというだけでも、最初からそうなることを知っていて、あえてしたのではないかと怖かった。そういう私であった。

 私は子猫に興味を失ったわけではけしてなかった。
 しかし母のように、子猫に自立してもらいたいわけでもなかった。
 ただ、子猫に対する好意よりも、偽善を働く恐怖の方が大きかった。


 私が庭にでていくと、子猫は縁の下からでてきて、私がホースを用意しているそばにいた。
 私は、最初は緩めに、次第に水圧を強くして、子猫に向けて水をかけた。
 子猫はおどろいて飛びまわり、水が届かないところまでいって、そのまま動かなくなった。
 私もそのまま動かず、子猫のほうをみていた。そのまま立ち去っていくかなと思った。暫く待っても子猫が動かないので、私は水圧を一番強くして、子猫のほうに何度か噴射した。
 それでも距離が遠かったから、子猫のところにはほとんど届かなかった。
 子猫は、わずかに届く水しぶきを、ぴょん、ぴょん、とちいさく飛んでよけた。
 私はその避ける姿を見ながら、楽しいと感じた。そしてまたホースを子猫のほうに向けたとき、子猫は、じっと私を見た。そして、茂みに走り去ってしまった。
 それから、子猫に会うことはもうなかった。

 ほんの一秒か二秒、子猫にじっと見詰められたということを、私は今でもはっきりと覚えている。

ちいさな野良猫の話(3)

 子猫は、母がよく洗うと、最初に見たときよりもずっと綺麗になった。
 黄色い膜もすっかり消えて、右眼ときれいな対象になる左眼が現れた。
 そうなるとごく普通のかわいい子猫だった。
 子猫は洗われたあと、牛乳にひたして柔らかくなったパン切れと、ビスケットを食べていただろうか。
 私はそれまで自分のなかで決めていたことをすっかり忘れて、左眼がきれいになった子猫に自然な好意を抱いた。
 すでに書いたように、私は子猫を拾ってから突き放すまでのことをよく覚えていない。
 この夜のことも、Y家を訪ねたあとは殆ど分からない。
 ただ、私はYのことがあったあとしばらく動悸がおさまらなかったけれど、子猫を見ているだけでも、満ち足りた気分になった。
 その夜のうちは子猫は家の中にいって、満ち足りた気分が子猫とともに保たれていた。
 そのまま子猫をうちで飼っておければよかったのだが、マンションはペット禁止だった。
 子猫は翌日の朝に庭に放してしまった。

 その日、いそいで学校から帰ると、子猫は庭にいなかった。
 いないか、と思って玄関がわにまわると、子猫は駐車場の車の下からひょっこり姿を現した。
 小さいといっても野良だから、そのまま去ってしまってもおかしくなかった。
 そもそも、飼ってはおけないから庭に放したので、それでもまだ残っていてほしいというのは人の勝手である。
 けれど、私は学校にいる間子猫のことばかり考えていた。
 なるべく、もういないだろうと自分にいい聞かせるようにした。
 もしかしたらまだいるかもしれない、と期待が昂って、いないかもしれない、と思うと動悸が収まらなくなった。
 そんな有様だったから、子猫が姿を見せたときは本当に嬉しかった。

 それから、子猫は私が帰るとよく車の下から現れた。車の下にいないときは、庭の縁の下に隠れていた。
 私の姿を見ると、子猫は犬のようにそばによってきた。私は子猫を抱えあげて、行きたい場所につれていった。

 いつごろか忘れたが、こんなことがあった。
 弟が、近くのあずまや(私はその広場をあずまやと呼んでいた。中学の頃私は東屋だと思っていた。園亭とわかったのはずっとあとだった)でカマキリを見つけた。私はどんなことになるかと思って、子猫をカマキリのところまでつれていった。
 子猫は、カマキリに前足が伸ばせば届くくらいの距離でとまって、じっとしていた。
 カマキリは鎌を高く掲げて、応戦の構えをとっていた。
 私は、鎌が子猫の身体にくいいるようなことがあれば助けようと思って構えていた。
 ところが、子猫は突然カマキリにかみついっていった。
 前足で叩くとか押さえつけるでなしに、頭からガブリといったのである。
 私と弟が気づいて慌てたときにはもう、子猫の口からカマキリの下半身がのぞいていて、その腹から四本の足がうねうね動いていた。もうどうしていいかわからなかった。

 そういえば、この子猫は溝にいるコガネムシにかみついていったこともあった。
 本当に、たくましいというか、食べることにかけて見境がなかった。
 野良の親猫は子猫に生きるすべを教えないものだろうか。教えるとしても、この子猫にはその機会さえなかったのかもしれない。

 どこかに遊びに行くのでなくとも、地べたに座っていると、子猫は私の足の上にきて丸くなった。
寒い季節であったし、そこが一番暖かいと思っていたのだろう。こうして懐かれているというのが私には嬉しかった。
 足がしびれてきても、同じ姿勢のままじっとしていた。子猫が飽きたのか、足の上から降りようとしていると、私は抱えて元の位置まで戻した。子猫はそれでも足の上から降りてしまうが、私が戻すと、そのまま丸くなることも一度はあったと思う。
 子猫が私に甘えるように、私も子猫に甘えていた。

 毎日、ビスケットを砕いて与えたり、夕食を少しだけ残して縁の下に持っていった。子猫は縁の下にいつくようになっていた。
 母も、子猫を放してから数日のうちは、パン切れを皿に入れてベランダに置いていた。しかし子猫がいつくようになると、やめてしまった。むしろ、庭で子猫をみると、ホースで水をちらして追い出してしまうようなった。
 マンションの、一番目立つ場所に庭があるせいもあったろう。
 そのころはそんな都合の話は分からなかったが、野良猫に餌付けしているのが分かると管理人がうるさかった。
 それに、うちに来れば食べるものがあると思っていると、子猫はいつまでも自分で餌を見つけることはしないと母は思っていた。
 自立ということにかけて、母は人にも自分にも厳しかった。野良猫にも厳しかったというわけだった。
 その厳しさを私は大学受験から体験することになるが、また別の話である。

ちいさな野良猫の話(2)

 その夜、私は二階にいるY家を訪ねた。
 Yは私とは二学年下で、弟と同学年だった。
 よく近所のYより年が下の子と遊んでいるのを見かけた。だからYと遊ぶとなるとその子達もついてきて、サッカーやドッジボールのような体力がいる遊戯では、年の差が随分大きく出てしまったので、純粋に楽しめなかった。
 球技以外には、かくれんぼやこおり鬼のような遊びもあったけれど、それよりはTVゲームのほうが楽しいから、あまりやらなかった。
 これは私だけの感想ではなく、他の近くに住む子はみなそうだった。そういうもとが単純な遊戯は、ずっと小さい子供しかやらなかった。
 それでも、Yと一緒に遊ぶ機会は案外多かった。私はあまり楽しくなかったけれど、狭い団地の中で一緒に隠れん坊をしたことはよくあった。
 Yは協調性がないのに仕切りたがる子だったから、私や友人、弟と一緒に遊んでも面白くなかったかもしれない。

 Y家を訪ねたのは、子猫の入っていた自転車にYの名前があったからである。
 たぶん、子猫を抱えて、Y家を訪ねたのだろう。子猫を拾って以降のことははっきりと覚えていない。
 最初に、Yの母が出てきた。私は自転車のかごに子猫が入っていたとだけ言った。Yの母はすぐに玄関から引っ込んでゆき、それから少し待っていると、Yの父の怒声が聞え始めた。
 その怒声で、Yがその子猫を籠に入れておいたと分かった。
 このマンションはペットを禁止していたから、家に連れていくことはできない。Yは見つけた子猫を手放したくないために、そのかごのなかに入れておいたのだろう。

 今でも私は、そのことを思い出して、可哀想なことをしたと思う。
 最近、母とこの時の話をした。
 母は仕方なかったと言うし、私も同感である。大人といっていい年になった今ではその感が強くなっている。
 しかしYは、かごに入れた猫に、餌をやりたかったのではないか。独占欲のようなものが多少あったにしても、Yのなかではよかれと思ってやったことだったのではないか。
 よかれと思ってやったことがまわりにはまったく理解されない。むしろ怒声を浴びせられてしまう、悪いことをしたとみなされてしまう。
 私は思い出すといつもそう考えて、嫌な気持ちになる。

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